陛下の桃
約束通り、深夜に更新。 旅先だからと言うわけでもないのですが、今日はかなり長いです。
午後の一番暑い時間に、現代の魔都と言ってよかろう、秋葉原に降り立つ。 仕事は一時間半ほどで終了。日帰りすることもできたのだが、 どれくらい時間が必要なのか分からなかったのと、 日帰りは身体にこたえるので、余裕を持って一泊することにした。宿泊は渋谷。
夕食はホテルの近くの韓国焼き肉屋に行く。この店は安くて美味しい。 日本の外国料理店については、私は「Y田の定理」を信じている。 Y田先生はフランスで教育を受けた、 もっと正確に言うとストラスブール学派のプロバビリストなのだが、 京都のフランス料理屋「ブション」を教えてもらったときに、こう言っていた。 日本で外国料理の良い店を探すのにはコツがある。 ぱっとしない外見の外国人客が集まっている店は必ず美味しい、と。 私はこれを「Y田の定理」と呼んでいる。 一旦、ホテルに戻って、夜が深くなってから、久しぶりに「黒い月」に行く。 「黒い月」は学生時代から時々、行っていたバーで、 若い頃はどきどきしながら行ったものだ。 しかし、 今ではかなり手の内を知ったので、安く切り上げることができるようになった。 前にも書いたことがあるように、若き日の私が、 「もう十分飲んできたから、何かすっきりしたものが一杯だけ飲みたいな」 (もちろんメニュは存在しない)、 と言ったら、 「丁度、当たり年のクリュグがございます(にっこり)」なんて非道を、 無収入の私に向かって言い放った店なのだ。 久しぶりに会う、ワインとシガーのソムリエ資格を持つバーテンダ(兼店主) R 嬢は、 相変わらず。
席についてすぐくらいに、小包で店に桃が二箱届く。 福島の知り合いに頼んで毎年送ってもらっている桃だそうで、 皇室に納められているものだと言う。 全て行き先が決まっているので、勿論、市場には一切出ない。 R 嬢はこの桃がいかに凄い物であるかを静かな口調で言葉少なに語ったあと、 「冷えたらお出ししますね(にっこり)」、と言うのに勿論、断る勇気もなかった。 何でもポイントはやはりミネラルだそうだ。 この桃は二つの川に挟まれた三角州で育ち、 その川の一方は火山の影響か何かで魚が住めないほどのミネラル度なのだとか。 桃が冷えるのを待ちながら、シモン・ビーズのマール・ド・ブルゴーニュ 85 年を飲む。 突然、「奥様は日本人」と言うので、「ええ、存じておりますよ」と答え、 「お知り合いですか?」、「知り合いの平方根くらいです」などと言う会話を交わす。 お客が二組来たがすぐに帰り、また店主と二人きりになったので、 メンデルスゾーンのヴァイオリン・コンチェルトを聞きながらオーディオ蘊蓄話を聞く。 何やら高そうな新しい機械があるな、と思っていたら、 一ヶ月前くらいにお客の一人が貸してくれたのだと言う。 150 万円もする CD プレイヤーだそうだ。 デジタル再生機に本当にそんな意味があるのだろうか… 私は素人なのでさっぱり分からない。 そろそろ桃が冷えたので、シャンパーニュをグラス一杯と共にいただく。 美味しい。確かに美味しい。これでも今年は気候のせいで大層の不出来なのだそうだ。 ところで、ここのシャンパーニュ用のグラスはすばらしく綺麗で、 私も欲しいと思っているのに、 いつも名前を聞いて帰るころには忘れている。 ドイツ製であることだけは覚えているのだが。 帰ろうとしたら、店主が桃をもう一つ、お土産に持たせてくれた。 明日の朝食にしよう。
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