Sunday, June 01, 2008

ケーキと非ケーキについて

午後の新幹線で京都に帰ってきた。 シャワーを浴びて、少し昼寝。 車中や暇な時間には「コード・クラフト」 (P.Goodliffe/(株)トップスタジオ訳/毎日コミュニケーションズ) を読んでいた。 風邪は大体ひいたようなので、 明日からまたフル活動できそうだ。 丁度、4年生の学生たちの教育実習シーズンに入り、 ゼミが一つ二つとキャンセルされているので、 低ロードなのがありがたい。

現在の巻頭言は、数学者、論理学者、哲学者にしてマジシャンでもある、 レイモンド・スマリヤンのもの。 スマリヤンは禅仏教に興味を持ち、禅についての面白い本も書いている。 そんなスマリヤン流のタオイズムに対して、 禅仏教は「ケーキを食べて、しかも、そのケーキを手元に残したい、 と言うようなものだ」と、批判する人がいた。 スマリヤンはこの指摘がむしろ気に入ったらしい。 確かに多くの宗教や人生哲学は、「両取りは禁止」と言う要点を持つようだ。 卑近かつ通俗的な例で言えば、 仕事と恋のどちらを取るのか。 キャリア上での成功と、貞淑かつ献身的な妻となることの、どちらを取るのか。 両方と言うことは不可能で、 どちらかを選ばなくては虻蜂取らずになり、 あなたは不幸のどん底に突き落とされますよ、と普通は説教されるわけだ。 しかし、スマリヤン曰く、 その無邪気な欲張りこそが、禅仏教が好きな理由だそうで、 自分はケーキを食べて、しかもそのケーキを残せないものか、 と常に考えてきたし、可能だと思う、とのことである。 ケーキを食べ、しかもそのケーキを残す、 と言う極意を得るには、 相当深い悟りを極めることが必要であろうとは思うけれども。