母子像(その一)
さて、今日も蒸し暑い。通勤は地獄のようだ。 もしダンテが現代人だったら、 地獄の風景は真夏の通勤電車か、延々と続く会議に似ていたに違いない。 今日も試験監督。「情報理論」。 いつもと同じ感想。学生ってこんなにいたんだなあ。 試験中、部屋を歩きながら、出来はどうかなと学生を観察していると、 電子辞書の広辞苑で「えんとろぴー」を引いている学生がいて、 吹き出しそうになった。 持ち込み物件自由とは言え、流石にそれは手遅れじゃないかね。 監督のあと、自動販売機でコーラを買って、研究室で雑用。 夕方、自宅に一旦戻ってから、夕食は近所のバーにて。 キッシュと、子牛の頬肉の煮込み。 煮込みには万願寺唐辛子が添えられていて、美味しかった。 9 時前になって、カウンタは私以外に二組、 二階にも 1 グループ、と忙しくなってきたので、 邪魔にならないように退散する。
自販機のコーラで思い出した。 院生時代のことなので、二十四、五歳だったはず。 夏休みに帰省した実家から戻るときのこと、 父に車で最寄りの駅まで送ってもらった。 普段は見送りになど来ない母が、 その時はたまたま所用でついてきていて、 電車が来るのを待合室で一緒に待っていた。 そして残暑も厳しい頃だったものだから、 私は自動販売機で缶ジュースを買った。 するとそれを見て、母が何と言ったと思います? 明らかにショックを受けた表情で私を見ると、 「(御前が)そんなことをする子だとは思わなかった」、 と言ったのであります。 ほとんどの方には説明が必要だろう。 私の母が厳格だとか、行儀にうるさいとか、 そう言うことでは全然ない。全くない。 単に、昔の田舎の人はこうなのだ。 自動販売機でものを買ったり、買い食いをするなんて、 まさに「不良」なのです。 とは言え、とうに二十を過ぎた大人に向かってそれは流石に、 と私も驚いた。 そして、私はやや狼狽しながら、 「僕だって大人なんだから、自動販売機でジュースくらい買うさ!」 と答えたのでありました。
親にとって、子供はいつまでも子供であり、 何時おかしなことをしでかしはしないか、 と冷や冷やしているものなのだろう。 そう言えば、私にとっても母にとっても、 このときの衝撃に匹敵する出来事が、 子供時代、私が初めて中学校に登校した日にもあったのだが、 その事件についてはまた次の機会に。
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